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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)242号 判決

主文

本件上告を棄却する

理由

被告人田中繁男辯護人入江清上告趣意は「一、現今彈劾式刑事訴訟ニ於テハ糺問主義ニ則リ刑事々件處理ニ當ツテ其ノ採證ノ法則ハ證據ノ取捨選擇ヲ一ニ審判裁判所ノ專權ニ委ネ之ヲ攻撃スル上告理由ハ「云々--詮ズルニ本件上告理由ハ裁判所ノ專權ニ屬スル採證ノ法則ヲ云々スルモノニシテ到底採用ニ値セズ結局論旨理由ナキニ歸ス」ト云フガ如キ陳腐ニ付シタル言辭ニテ殆ド悉クガ排斥セラレ居ルガ今日ハ己ニ新憲法モ施行セラレ刑事訴訟法ノ應急措置ニ関スル法律第二條ニ依レバ=刑事訴訟法ハ日本憲法、裁判所法及ビ檢察廳法ノ制定ノ趣旨ニ適合スル様ニ之ヲ解釋セネバナラヌト規定シテ解釋ノ原則ヲ示シタノデアルガ之ニ依ツテ裁判所ニ於テモ之レマデニ於テ最モ堅城デアッタ採證ノ法則ニ付テモ自ラ新憲法ノ人權尊重ヲ意味アラシメテ被告人ノ人權擁護ノ爲メナラバ自ヲ其ノ考ヘ方ヲ急角度ニ變ヘネバナラヌ時代ガ到來シタデハナイカト思ハレル二、凡ソ犯罪ハ人ノ精神界ノ現象ガ外界ニ発動シテ行爲トナリ結果ノ成不成ヲ決スルノデアルガ行爲ノ結果ニ對スル採證ハ外界的事象ニ屬シ人證物證書證等外部的證據ニ依ツテ内部精神的擧證ニ比較シテ容易ニ立證出來テ事実ノ真相ニ近接スル事ガ出來ルガ一面犯罪構成要素タル犯意即チ精神界ノ事象ニ付テハ被告人自身ノ自白アルモ其ノ精神鑑定ニ依ルノ外現代ノ科学上其ノ真実ヲ把握スル事ハ何人ニモ出來得ナイト思フ此ノ故ニ刑事訴訟法上鑑定ハ他ノ證據調ベト異リ特異ノ存在ニシテ最重要ナル事項ニ屬シ之ガ申請アリタル場合ニ於テハ他ノ外部的證據ト異リ裁判所ニ於テハ最モ厳肅ナル態度ヲ以テ之ガ審理ニ臨マルベキモノト思フ殊ニ本件ノ如ク一杯氣嫌デ偶発的ニ人ヲ殺害スル如キ平常人ノ夢想ダニセザル重大ナル犯罪事件ニ付テハ何アツテ被告人ノ精神鑑定ノ擧ニ先ヅ出デザリシカ即チ被告人ノ行爲ハ心神喪失或ハ耗弱中或ハ先天的或ハ後天的精神病者ノ行爲ナルヤ否ヤヲ先ヅ第一ニ徹底的ニ究明シテ而シテ後犯罪歸責ヲ明ニスルハ只ニ鑑定ノ妙蹄ナルノミナラズ之ハ被告人ノ公正ナル裁判ヲ受クルノ權利ニ屬シ新憲法ニ於テハ人權尊重ノ精神ニ添フ司法運用ノ妙所ナリト思フ三、然ルニ本件ハ原審以來被告人ノ精神鑑定ヲ引續キ申請シ來リタル事ハ一件記録上明ニナツテ居ルガ其事ニ付テハ悉ク排斥セラレテ居ル事ハ判決理由中ニモ記サレテ居リ又記録編綴ノ鑑定不許可ノ決定書ニモソウナッテ居ル此事ハ被告人ノ本件ニ付テ最モ利益トスル證據云ハバ被告人ノ法律上ノ權利ヲ排斥セラレタノデアッテ今日人權尊重ノ新憲法ノ精神ニ背馳スルモノト思フ今日如何ナル裁判ニ於テモ本件ノ如キ発作的精神発動ニ基ク行爲ハ鑑定ノ結果ヲ持待ッ上デナクテハ斷定シ得マイ裁判所ガ本件ノ如ク決定書ニアル如ク檢事ノ意見ヲ聽イタダケデ直ニ其ノ精神状態ガ完全カ不完全カ判ル様デハ簡單デアッテ鑑定ノ必要ハドコニモナイト思フ本辯護人ノ聽ク處ニ依レバ本件被告人ハ遺傅的精神病者ト聞イテ居ルガ其ノ真否ハ知ラナイガ其點事実ナルカ否カ猶ホ其ノ因ッテ來ル原因等ニ付テハ昭和二十一年十一月十二日福岡控訴院ニ呈出昭和二十一年五月十二日熊本地方裁判所ニ呈出各鑑定申請書(記録添付)モ御参考ニ御覽願ヒマス右ノ次第デ鑑定ノ結果本件被告人ガ心神喪失者デアルカ否カ歸責ノ問題ハ重大デアッテ精神病者ナラバ刑罰ヲ科スル又問題デアリ彼是御詮議ノ上相當ノ御裁判アラン事ヲ希フ」といふにある。

本件再上告は、昭和二十二年十月二十二日東京高等裁判所が上告審として言渡した上告棄却の判決に對し刑訴應急措置法第十七條に基づいて申立てたものである。憲法第八十一條が「最高裁判所は一切の法律、命令、規則又は處分が憲法に適合するかしないかを決定する權限を有する終審裁判所である」と規定しているのに對應して、前記法條は高等裁判所が上告審としてした判決であっても、その判決において法律、命令、規則又は處分が憲法に適合するかしないかについて判斷をした場合にその判斷が不當であることを理由とするときに限り、違憲審査につき最終決定權を有する最高裁判所に更に上告することを許しその最終審判を受けることを得せしめたものである。それ故、高等裁判所がその判決において右の判斷をしていないとき、又はその判斷が不當であることを理由としないときは、最高裁判所に再上告をすることができないことは言うまでもない。然るに、本件再上告人は、さきに東京高等裁判所の上告審において只事実誤認又は量刑不當を主張したのみで毫も憲法適否の判斷を求めた事実もなく從ってまた同裁判所の判決においても憲法適合の點について全然判斷をしていない。それのみならず、本件再上告の理由においても憲法適否の判斷が不當であることを主張していないのである。それ故、本件再上告の申立は、許容することができない。

よって刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 齋藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

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